庚申の日とは?由来と庚申待ちの風習をやさしく解説

庚申の日とは?由来と庚申待ちの風習をやさしく解説

暦・2026-08-10・監修:市村よしなり

カレンダーや暦注のサイトを見ていると、ときどき「庚申(こうしん)」という言葉を目にすることがあります。これは干支の組み合わせによって決まる特別な日で、古くから「庚申待ち」と呼ばれる夜通しの行事が行われてきました。現代ではあまり馴染みがなくなった風習ですが、日本の暦文化を知るうえでとても興味深いテーマです。この記事では、庚申の日の意味や由来、庚申待ちの風習について、わかりやすく解説していきます。

庚申の日とは?干支の仕組みからわかる意味

庚申の日とは、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせた「干支(えと)」のうち、「庚(かのえ)」と「申(さる)」が重なる日のことを指します。十干は10種類、十二支は12種類あり、この2つを組み合わせると60通りの周期ができあがります。庚申の日はこの60日周期の中で巡ってくる日で、単純計算すると年に6回前後訪れることになります。

暦の上での庚申は、六十干支のひとつとして古くから記録され、日々の吉凶や行事の目安として使われてきました。今日が庚申の日かどうかは、暦注をまとめたページなどで確認することができます。日々の暦の情報が気になる方は、今日の暦注のページもあわせてチェックしてみてください。

庚申待ちとは?夜を明かす古い風習

庚申待ち(こうしんまち)とは、庚申の日の夜に人々が集まり、眠らずに夜を明かすという風習です。平安時代の貴族の間で始まったとされ、江戸時代には庶民の間にも広く普及しました。地域の人々が家に集まって語り合ったり、飲食を共にしたりしながら夜を過ごすことが一般的だったとされます。

この庚申待ちを重ねる中で、地域によっては「庚申講(こうしんこう)」と呼ばれる信仰的な集まりが組織され、庚申塔と呼ばれる石碑が建てられることもありました。現在でも日本各地には庚申塔が残されており、当時の人々の信仰の名残を今に伝えています。

なぜ夜を明かす必要があったのか

庚申待ちで夜を明かす理由には、中国から伝わった道教の「三尸説(さんしせつ)」という考え方が関係しているとされます。この説では、人間の体の中には「三尸(さんし)」という3種類の虫が住んでおり、庚申の日の夜に人が眠っている間にその虫が体を抜け出し、天帝にその人の悪事を報告に行くと考えられていました。

そのため、三尸が体から抜け出さないように、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が生まれたとされます。これが庚申待ちの根本的な由来であり、単なる娯楽の集まりではなく、健康や長寿を願う信仰的な意味合いが強い行事だったといえます。

庚申信仰と関連する神様

庚申信仰においては、猿田彦神(さるたひこのかみ)や青面金剛(しょうめんこんごう)といった神仏が信仰の対象とされることが多くありました。特に「申(さる)」という文字から猿にまつわる信仰と結びつき、庚申塔には猿の姿が彫られていることも少なくありません。「見ざる・言わざる・聞かざる」の三猿は、この庚申信仰との関わりが深いとする説もあります。

こうした信仰は地域ごとに少しずつ異なる形で伝わっており、庚申塔の形状や祀られている神仏にも多様なバリエーションが見られます。日本各地の暦や風習を調べてみると、地域文化の豊かさを感じることができるでしょう。

現代における庚申の日の過ごし方

現代では庚申待ちを行う風習はほとんど見られなくなりましたが、暦注のひとつとして「庚申の日」を意識してみるのも、日々の暮らしに彩りを添える楽しみ方のひとつです。たとえば、庚申の日をきっかけに自分の生活習慣を振り返ってみたり、静かに過ごす時間を意識的に作ってみたりするのもよいでしょう。

また、開運日を意識した暮らしに興味がある方は、開運日カレンダーで庚申の日以外にもさまざまな吉日をまとめて確認できます。あわせて、自分自身の運勢や性格を多角的に知りたい方は、13占術無料診断で13種類の占術による総合的な診断を試してみるのもおすすめです。

まとめ

庚申の日は、十干と十二支の組み合わせによって60日ごとに巡ってくる特別な日であり、かつては「庚申待ち」として夜通し起きて過ごす風習が広く行われていました。その背景には三尸説という古い信仰があり、健康や長寿を願う人々の思いが込められていたとされます。現代ではその風習自体はほとんど見られなくなりましたが、暦の知識として庚申の日を知っておくことで、日本の伝統文化への理解が深まります。日々の暦や運勢が気になる方は、今後も暦注や開運情報をチェックしながら、暮らしに役立ててみてはいかがでしょうか。

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